子どもたちが一日の大半を過ごす学校は、レジリエンスを育む多くの機会に溢れています。学びの中でのつまずきや対人関係の葛藤など、子どもたちが経験するさまざまな困難な出来事は、レジリエンスを育む貴重な機会と捉えることができます。
レジリエンスとは、困難な経験から回復する力を指し、失敗や脅威、極度のストレスに直面する中で対処し適応していく過程や、立ち直ったり乗り越えたりする能力を意味します。日本語訳には「回復力」や「しなやかさ」などがあります。失敗や脅威は避けたいものと考えがちですが、人は生きていく中で多くの困難に遭遇します。また、これからの時代は、より「予測困難で不確実、複雑で曖昧な」(volatile, uncertain, complex and ambiguous: VUCA)社会になると予測されています。そのため、レジリエンスの重要性が近年ますます注目されるようになっています。
「レジリエンスには、適度な失敗が最初から包含されている」(河野哲也, 2014)と言われるように、困難に直面し、気持ちの落ち込みなど自身の変化を経験することで、初めて私たちは回復のプロセスを学ぶことができます。失敗や困難を避けるのではなく、それらから回復する過程を経験することで回復力は育まれるのです。
これまでの研究から、レジリエンスを構成する主な要素には、認知的な柔軟性、対処への自己効力感、ストレスからの早い回復力、社会的なつながりがあることが明らかにされています(Southwick and Charney, 2012)。これらの要素は、昨今の教育が目指す目標とも一致しています。OECD(経済協力開発機構)のEducation2030プロジェクトが描く教育の未来では、育成するコンピテンシー(能力)の一つに対立やジレンマへの対処力が挙げられており、その力を構成する要素として、認知的柔軟性、他者視点の獲得、共感性、寛容さなどが含まれています。対立に対処するプロセスの中で、教師や周囲の大人、友人からの助けを得ながら、これらの要素を活用する経験は非常に重要です。
私はこれまで、主に大学生を含む成人を対象としたストレスやレジリエンスに関する研究活動に取り組んできました。このたび初めて、児童・生徒を対象とした研究事業に携わることになりました。「レジリエンスを育む教室」では、子どもたちと、子どもたちにとって重要なロールモデルとなる教師の支援のあり方を検討していきます。
河野哲也 (2014) 境界の現象学 筑摩選書
Southwick S.M., Charney D.S. (2012) The Science of Resilience: Implications for the Prevention and Treatment of Depression, Science, vol.338, issue 6103, pp.79-82.
永岑 光恵(ながみね みつえ)
東京科学大学リベラルアーツ研究教育院教授。
東京女子大学文理学部心理学科卒業。東京工業大学大学院社会理工学研究科修士課程修了後、ドイツ連邦共和国トリア大学心理生物学・心身医学研究所に留学。東京工業大学大学院社会理工学研究科人間行動システム専攻博士課程修了、博士(理学)。国立精神・神経センター精神保健研究所成人精神保健部(現:国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所行動医学研究部)にてリサーチレジデント等を経て、防衛大学校人間文化学科准教授。その後、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。2023年4月より現職。主な著書に『はじめてのストレス心理学』(岩崎学術出版社)がある。
