私は、1998年より教育現場におけるICT活用や教育支援、そしてインターネット上における教育コミュニケーションのあり方について研究を続けてきました。現在もそれが私のライフワークです。これまで、オンライン辞書やICT学習プラットフォームなど、教育現場の課題を解決するシステムの開発・導入・支援を行いながら、テクノロジーが人の学びや関係性をどのように支えうるかを追究してきました。また現在では、沖縄電力の子会社「株式会社おきでんCplusC」の取締役として、Wi-Fiセンシング技術を活用した高齢者の「やさしいみまもり」事業をサポートしています。
本プロジェクトでは、Wi-Fiセンシングという技術を通じて、教室という「場」に流れる空気や関係の変化をそっと可視化することを目指しています。子どもたちは日々、言葉にできない感情や関係性の揺らぎの中で過ごしています。その微細な変化を、センサーやネットワーク技術によって丁寧に観測し、いじめや孤立が生まれる前の“予兆”を捉えることができないか――それが私の問いの出発点です。
Wi-Fiセンシングでは、学内での児童生徒の身体や感情の動きなどを匿名化して解析します。これにより、教室内での子どもたちの「距離」や「動きのリズム」「同調の有無」を定量的に把握できます。音声や映像は一切記録せず、個人を特定することもありません。あくまで「個人」ではなく「場」を観測する技術です。これは監視ではなく、“やさしいみまもり”のための科学です。
私は、Wi-Fiセンシングという「やさしい」技術に大きな可能性を感じています。監視カメラのように映像を集積し、人々の行動を記録・評価するタイプの技術とは異なり、この方法は監視社会を生み出すリスクが極めて低い。むしろ、日々の生活に新しい「気づき」を与え、その気づきが社会をよりよくするきっかけを生み出す技術です。本件においては、そうした“やさしい技術”が、いじめを未然に防ぎ、人間関係の修復を促す小さな光となることを目指しています。
いじめの多くは、言葉や行動として表面化する前に、集団の空気や関係性のわずかな歪みとして現れます。その「場」の変化を可視化することで、教師や支援者が早期に変化を察知し、子どもたちの心に寄り添うためのヒントを得られると考えています。そして、この気づきの循環こそが、教育現場の文化を少しずつ変えていく力になると信じています。
テクノロジーは本来、人を効率的に管理するためのものではなく、人間を自由にし、互いを理解するための技術であるべきです。Wi-Fiセンシングを通して、自助(自ら気づき、立ち直る力)・共助(互いに支え合う関係)・公助(社会全体で守る仕組み)が成り立つ、「やさしい」いじめへの取り組みを実現していければと考えています。テクノロジーが誰かを追い詰めるものではなく、人と人を再び結び直すための光となるよう、研究と実践を続けていきたいと思います。
森田 正康(もりた まさやす)
株式会社おきでんCplusC 取締役 / 京都情報大学院大学 教授
2000年に語学系出版社、株式会社アルクにてキャリアをスタートし、国内の公的教育機関への語学教育とオンライン教育導入事業に取締役として従事する。同社の上場後、子会社の社長を経て、独立。教育・食分野におけるコンサルティングおよび投資事業を主とし、活動する。その他、上場企業やスタートアップ企業、市町村の戦略アドバイザーや社外役員などを務める傍ら、プロサッカーチームの経営などにも携わっている。カリフォルニア大学バークレー校政治経済学部卒業、ハーバード大学教育大学院にて教育学修士(Ed.M.)、ケンブリッジ大学にて哲学修士(MPhil.)、東京大学工学系研究科先端学際工学専攻博士課程満期退学。京都情報大学院大学教授。
