わたしは、コミュニケーションにおける潜在的な「場」を可視化する技術の開発を進めてきました。本プロジェクトでは、この技術を基盤に、子どもたちの対面コミュニケーションにおける身振りをセンサネットワークで計測し、教室における雰囲気を可視化するとともに、いじめが生まれる予兆を捉えることを目標としています。
これまでのコミュニケーション研究においては、言葉が重要だと誰もが考えてきました。しかし、近年では非言語コミュニケーションに大きな注目が集まっています。そして、この非言語コミュニケーションは、全コミュニケーションチャネルの70%を占めるとさえ考えられています。わたしは、この非言語情報という未開拓の領域を通じて、「場」を読み解く技術を開発しています。
誰にでも経験があることだと思いますが、対面コミュニケーションにおいて話が盛り上がってくると、お互いの頷きや身振りが自然と揃い、意図することなく発話が重なることがあります。このような身近な現象であるインターパーソナルな身振りの同調現象を手がかりに、こころが共感している状態を計測するのです。
本プロジェクトでは、子どもたち一人ひとりがスマートフォンを身につけることでセンサネットワークを構築します。そして、相互の電波強度から子どもたち同士の物理的な距離関係を計測し、相互の加速度データの時間変化から子どもたち同士の身振りの同調現象を測定します。これをネットワーク分析することで、教室での授業中だけでなく、休み時間も含めた人と人とのつながり、特に潜在的なつながりを可視化することが可能となります。
ただし、本システムでは音声は全く記録しないため、高度にプライバシーに配慮した計測が可能です。また、スマートフォンの番号は匿名化されるため、個人情報が洩れる心配もありません。このように、厳密に個人情報を保護しつつ、集団としての無意識に属する雰囲気の計測を行います。
もちろん、まだまだ発展途上の計測システムではありますが、もしこのような技術にご興味があれば、遠慮なくご連絡ください。現場の課題解決に、微力ながらお力添えできればと考えています。
三宅 美博(みやけ よしひろ)
東京科学大学情報理工学院 教授、東京科学大学データサイエンス・AI全学教育機構 機構長。
1989年、東京大学大学院博士課程修了、薬学博士。同年より金沢工業大学 情報工学科 講師および助教授を務め、1996年より東京工業大学 総合理工学研究科 知能システム科学専攻 准教授、教授を経て、2016年より情報理工学院 情報工学系 教授、2018年より情報理工学院 副学院長、2020年より総合理工学研究科 研究科長、2022年よりデータサイエンス・AI全学教育機構 機構長となり、現在に至る。
薬学博士からスタートし、情報系で教育・研究に取り組んできたが、一貫して生命システムの自律性と「場」の研究を進め、それを人と人工物の共創システムとして活用することを目指している。特に、情報系ではヒューマン・コンピュータ・インタラクションの分野を担当し、人間の認知やコミュニケーションを基盤とした新しいインタフェースの研究を進めつつ、歩行支援を目的としたさまざまな医療支援システムの開発に取り組んでいる。さらに、現在は上記のデータサイエンス・AI全学教育機構において、共創的人材育成の場づくりも進めている。ミュンヘン大学の客員教授を兼務し、研究成果の国際展開に努めるとともに、東工大発ベンチャーを設立し、社会実装にも力を注いでいる。
